看板1

住職の今月のお話し

いきなくろべい





【いきなくろべい みこしのまつに/あだなすがたの あらいがみ

 /しんだはずだよ おとみさん】



この歌は年輩の方ならどなたもご存しの春日八郎の大ヒット曲

(お富さん)です。先日 お寺に遊びにきていた高校生、大学生四,

五人の中で、この歌詞の意味を質問しましたところ、次のような驚

くべき答えが返ってきました。 rイキのよいクリベイという男が、

祭りの神輿を待っていた所へ、死んだと思われていたお富さんが、

洗い髪姿であらわれた」というのです。彼ら若人にとっては(枠な

黒塀)や(見越しの松)はもはや死語になっていました。

それなら、このことわざ【なさけは ひとのためならず】の意味

は? と次の質問。その答えは「へタに人になさけをかけると、そ

の人の自立を妨げてしまうので、安易に同情して援助すべきではな

い」と、元の意味とは違う現代的な解釈でした。



 つづいて【そでふりあうも たしょうのえん】の意味は? 「道

を歩いていて抽が触れただけの人であっても、ちょっとしたご縁が

あるのだということわざ」との答えが返ってきました。こちらも

(たしょう)という字を(多少)と取って、本来の(他生)→(前

世の因縁)という意味とは大きくかけ離れていました。



 これら二つのことわざに対する若人の答えは、まさしく 「人情が

薄く、縁が浅い」現代という時代をよく表しているとつくづく感じ

ました。



 対外的には国際世界の中での日本の貢献度が問われ、国内では二

一世紀に迎える老人社会の福祉が大さな課題である時代にあって

は、(ボランティア活動)は今後ますます重要になりますが、日本

では他国と比べて今一つ不活発であることはご承知の通りです。そ

の点キリスト教圏を背景に持つ欧米諸国では、(神への奉仕)とい

う意味でのボランティアの活動が社会の隅々に定着しています。

 このような宗教的な基盤が薄い日本ですが、それでもつい最近ま

では、四国遍路の「善根宿」や「お接待」などに見られるような

「人にかけた情は巡り巡ってやがては自分に返ってくる」という信

心や、「袖振り合うも他生の縁」という(一期一会のご縁)を大切

にする気持ちはありました。わたしは日本における(ボランティア

の精神)は、今一度ここに立ち起らなければならないと思います。






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