
平野は大阪の中でも、最も早くに開けた町で、戦国時代には環濠と 土居をもって町を自衛し、町民によって町を運営する時治都市とし て、堺と共に、日本の近世史に、その足跡を残しています。 その商人の富は、大阪の町づくりに力を貸し、江戸時代大和川付替 によって、降盛した河内木綿の集散地として繁栄しました。 また商業の発展は、文化の交流を呼び、京都や堺と同じく、連歌や、 茶道、能楽などを町民に普及させ、連歌所や民間の学問所、含翠堂の 創立をみました。 今次大戦の戦火に遭わなかった町は、江戸時代の町割そのままに、 新旧の町並み、数多くの社寺や地蔵堂などの文化財にめぐまれ、京 都大学の西山卯三先生は、町そのものが、博物館だと話されています。
